昭和41年01月11日 夜の御理解



 「四海浪静かにて・・・」いうならば穏やかであるということは、まあみんなの祈りであれば願いでもあるのです。同時に家庭の上においてもそうです。家の中においてもいわゆる司会波静かでなければならないのだけれども、私その、静かだけでは決して人間の進歩はないという事。これは絶対のもの。今日も私、久富先生とご飯を頂きながら話した事ですけれども、今日はやかましかものがいないから、もう本当に結構な事ち。
 第1久保山先生が、豊美がおらん、家内がおらん、みんな、合宿で、もう本当に気分の良い事でもんね、思わず嬉しくなるごたるです、そんなことをいうなら私おらんほうがよかですかというならばそういうわけじゃないですけれどもですね、けれども、それではですね、私自身の向上はないですね。ずーと祈り続けておらなければならない。この人の姿を見ておったら祈らずにはおられん。ね。本当にあの人があげんあってくれればよいのにと思う人がおらなければです、私の向上はないということなのです。
 ですから、心にしっかりですね、それはもう、なるほど、平穏無事という事はありがたいのですけれども、平穏無事では決して向上はありえないということ。ですから結局、その、私共の生きていく日々の上においても世の中においてもです、ね、波もあってもよし、風もあってもよしと、その中でいかに信心で泳ぎ切っていくかとゆう事、いかにその風を利用していくかと、いかにその波を利用していくかということなんです。
 だから信心とはそこんところを私は稽古して行く事だと思うのです。いうならば、舵のとりよう一つですね。どうでも私思わなければならないことはです、本当に私はそれを思わなければならないと思いますことは、はあー今日は先生がおんなさらんけんよかったちいうごたる風で帰るひとがあるかも分かりませんもんね。もう先生俺が疲れておるのにしゃっち、いつまでん話して帰しなさらん。とか、もう先生がおんなさんけん良かったと、もう逃げるようにして逃げて帰っていく人があるかも分かりません。
 もう先生がしゃっち御理解をしなさる。そりゃ30分になっとん御理解頂いてかえらにゃん。おんなさらん時ツーと帰った、そうゆう人がおんなさるかもしれませんけれども、もう本当にそういうような人達が私の周囲にもしありはせんかと結う事をいつも思うてみなければなりませんですね。まあ、あれが、あれがおらがったけんよかったという風なですね、思われるような内容が私の内容にありはせんだろうか。
 人間というものは、皆それぞれに思い上がりというものをもっておる、いいえ、私がここにおらにゃでけんとと思うておるならばですね、あんまり大きくなりすぎて、それが、かえって邪魔になっておるような場合があるということですよ。はぁここんところはどうでも一つですね、その、何かしかがあることは有難い。自分の気に食わん事とか、自分の気分に合わんとかはその、おる事は私共がそれによって向上するのであるから有り難いですけれどもです、今度は人からです、ね。
 その何かしの対象にされるような私であってはならないという事なのです。家庭の中に、今日は安藤さんが、現場の当番に出て見えられておりました。もう私は最近恐ろしいと思いますのはね、私共の長男の勇治さんと申します。勇次がもう私の欠点私のここを取り除かなければならないというところを、この子はむき出すように現すようになりました事ですと。ね。これはもう先生どういうようなことでしょうかと。
 これはめぐりと仰るでしょうけれどもです、メグリといえばめぐりとゆう事の恐ろしさに驚くごとある。ね。必ずそこんところを、もうあなた、いっちょん変わらんごとなっていく、あなたも一言どうかいいなさならんといいますけれども、俺自身が、それがあるのですから、子供にどうと言いようがないじゃないかと言うてから、言われたんですね。それで私先日、篠原さんがお届けされた事を話しました。あっちもあなたとこと同じ勇治さんというのですよ。高校の一年生なんです。
 ちょうどあの正月に、まあ、本当に僕がいっちょんお父さんやお母さんのいう事を聞かんけんで、僕が一番ここでは篠原の家では親不孝もん、どうもすみませんというてからその、お母さんに詫びたち。それからその、お母さんがその時にもう、その出た言葉がですね、もう勇治さん、あんたがいう事を聞かんおかげでお母さん信心が出来よるとよて、言うて、その雰囲気というものが何ともかんとも言えん雰囲気でしたと。
 それがですね、ちょっと考えて言えることじゃないです。もう、この子がいう事を聞かんと。いう事を聞かんとをいう事きかせようとしても出来ないのだから、ね、その、いう事を聞かん自分のめぐりの姿を見るような気持ちで神様にお詫び、そして神様に願うておられるから、ここにあることがそのまま言葉に出てきたのです。その時に私はあの、夜にその事を伝えたのですけれども、家庭の不和、家庭の不和の無きがもとというのはそういうもんだと思うですね。
 不和のもとというものはあってもいいのだと。けれども、雰囲気はそうでなからねばならないのだということ。私その話をさせて頂いたら、同じ、勇治君なもんですから、まあ感じられたのか、それでもう、はあそういう頂き方があったのですねというて、今朝から感心しておかげを頂かれたんです。ところが、それがまだ、ちった残っておった風です。かえってきてから御神酒さんを頂きながら。
 先生今日は私は聞いた時にはほんなこてそうだなあと、その思うたというわけなんですね。ところがあちらにいってからいろいろ、今日は、その私の信心の程度が変わらんくらいな人が来ておりましたから、その方と2人で話し合ってですからたい、今日は先生あげなことをいいなさったが、本当に、私は聞いた時にはそうたいと胸がすっきりしたですけれどもたい、考えれば考えるほどまだいろいろ考え方があったと。この正月に親先生は大原女の御理解をなさった。
 頭にこうやって、そのあげておくのですたいね。けれども、あの時の事を、先生今日思わせて頂きましたら、今年はもう頭ではいかん、心でいこうと先生が仰った。けれども、どうしても、私のごたるとはやはりその、頭で考えるたちだと。しかもこれは私、大原女の御理解を頂きなさったという事は、大原女はあれは、提げて行きよんなら、もう値打ちは無かじゃけん、やっぱ大原女だから、頭の上に載せときゃよかじゃなかろうかと、思い出しましたらですね。
 思い出したら御理解がまた覆ってしもうてから、またなんじゃかんじゃ分からんごとなったですよと言うて御神酒頂きながら言われるもんですよね。なかなか、お話を頂いてすきっと自分のものになるというのにはやっぱり時間がかかるということなのですね。だから、御理解を頂いてそれが本当に自分の血に肉になるということ。私は最近、この、ずうと胸につかえる、誰かにこうやってもんどってもらいごとあるとです。
 これはこの、私の今のこの躰は、もう、それこそ私だけにしかわからぬですけれども、けれども、おかげでずーと食物のその有難さが分からせて頂くのでありですね、いつも、絶えず、さすりながら神様に自分の健康のことについての、お詫びやら、お礼やらが申されておるという事なんです。だから健康であるという事だけがです、もう、何にもどっこも痛くない痒くないということが有難いのではなくてです、信心させて頂いておればどうか、あることがおかげである。何事かあることがおかげである。
 それを健康だけを願い、平穏無事だけを願い、そういう信心からですね、どういうようなことに直面致しましてもですね、どういう不健康になりましても、いわゆる波風が立ちましても、その中を泳いで行けれる、そのおかげで、信心が出来ますというような信心を身に付けておかなければ信心じゃないというようなことを特に感じるですね。皆さんの家庭の中でも同じ子供のなかでもです、もう本当にうるさいとがおりますけれどもです、うるさいと思えばやっぱりいる子ばかりなのですから、ね。
 その姿に触れるときに自分のメグリを感じ、ああこれによって私が磨かれるのであり、これによって私の信心が出来ますというおかげを頂けば本当に、そのようなときに篠原さんじゃないですけれども、勇次さんあんたのおかげでお母さんの信心が、出来よるとよといったような素晴らしい雰囲気が出来てくる。それが私は家庭に不和の無きが元というのはそういうものじゃない。そこにお互いの向上も、やはりあるのだという事です。ね。    どうぞ。